天候不順が続いておりますね! まるで今の政権のような感じがします。私は今の日本は明治維新の時と同じだろうと思っています。
長く一つの政権が続き、それが崩壊して新しい時代を創造していくには、やはり時間がかかることは仕方がないことだと思っています。
国民は一つ一つの事象にあまり一喜一憂すべきではないだろうと思います。 何故かと言うと、マスコミから流される一つ一つの情報は事実を伝えているかもしれませんが、事実が真実とは限りません。
◆現代人の自動性
イギリスの経済学者で政治思想家、科学哲学者でもある「ジョン・スチュアート・ミル」は、約130年前になくなりました。
彼はこの世界で知られる事象の全てを知っている最後の人と言われたそうです。 今では、そんなことを言うと物笑いの種になりますが、コンピュータの無い時代では不思議ではありませんでした。
今では普通の人が、コンピュータの前に座ってキーボードを操作するだけで、アインシュタインでもアップアップしてしまうほどの大量のデータを引きだしたり分析したりすることができるようになりました。
コンピュータの出現とインターネットの普及とあいまって現代は「情報化時代」と言われるようになりました。
しかし「知識化時代」と呼ばれることはありません。 情報は、直接、知識に形を変えるわけではありません。 まずアクセスされ、取り込まれ、理解され、統合され、保持されることが必要なのです。
テクノロジーは人間よりずっと早く進化しますから、情報を処理する私達の能力は現代生活の特長である、溢れるほどの変化、選択、挑戦を扱うには不適切なものになってきています。
下等動物には外部の環境の複雑さと豊かさを充分に処理する心的装置が備わっていませんが、私達人間は次第にこうした下等動物と同じ立場に立たされるようになってきています。
つまり、急速に発達した現代の複雑化された世界で人間は全ての情報を収集し処理し分析する能力において欠陥を作ってしまってきたということです。
だから、マスコミというある種、信頼を構築されているメディアから流される情報は「社会的証明」がされているモノと思い込み、自動的に正しいと判断してしまう傾向がより強まってきました。
ここに現代人の落とし穴があります。
冒頭に書きました、事実が真実を表しているとは言えないと言うことは、つまり事実が正しいと判断するためには、その事実の周辺にある、あらゆる情報を収集し整理、統合し分析をしなければ、正しい判断を下すことはできないのです。
しかし現代人の多くの人達は、殆どそのようなことはしません。
マスコミの情報を只一方的に収集し自動的に判断をしています。 私は広告を作る側として考えると、広告も一つの情報です。 従って広告を作る側も、見る側の現代人の特長をよく理解したうえで広告を作る義務があると思います。
決して嘘を言っているわけではなくても、伝え方によっては真実を歪曲してしまうかもしれない危険性が秘められています。
しかし広告や情報を受け取る側の立場で考えると、下等動物に成り下がることだけは避けたいものだと思います。
情報化時代を上手く生きるものは、情報を収集し統合し分析し保持する能力に長けたモノだけなのではないでしょうか!
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